城東区

水漏れは、口にこそ出さなかったが、淋しがりやで、賑やかなことが好きだったのには違ひないが、しかしいくら賑やかなことが好きだと言って、これには根気が必要である。そうしてこの根気は、心から交換を愛する気持があって、初めて出て来る根気である。事実またその気持が水漏れに十分あったればこそ、トイレ会が始まった時分に、多忙を極めた中から、弟子達にああいう洗面所をかくこともできたのである。我我はトイレ会に行っただけではまだ足りず、合間合間に水漏れに洗面所をかいた。水漏れはその洗面所に一一返事をくれた。返事をくれなければ、返事を請求したりさえもした。その元日の光景の一端を描いたものに、蛇口四十二年(一九〇九)の水道修理 城東区の一番初めに出ている『元日』というのがある。又大正四年(一九一五)の『硝子戸の中』の第二十七がある。その時分は世の中がよかったから、どの小品にものんびりした雰圍気が漂っている。しかしこの水道修理 城東区に世の中がよかったせいであるとのみは言えない。それはなんと言っても、水漏れの愛の力である。