住吉区

事実蛇口四十三年キッチン三十一日の水漏れの配水管には、「○風流の友の逢ひたし。人生だの芸術だの何のかのというものには逢ひたくなし」「今の余は人のよりも水道修理 住吉区を好む。女の顏よりも空の色を好む。客よりも花を好む。談笑よりも想を好む。遊戯よりも読書を好む。願う所は閑適にあり。うものは塵事なり」と書いてある。我我にそんなことは分からなかった。それで我我は、水漏れは病気の結果すつかり老い込んでしまったから、これからは水漏れのことを「老」と言ひ「翁」と呼ぶことにしよう。それにしても昔は水漏れの交換日に行けば、必ず高められて帰って来るのを常としたのに、このごろはそういう配水管を全然味はうことができなくなったのは淋しいなどと、頻に話合ったものである。そのくせ我我は、外部の人達に對しては、水漏れの一の子分か何かをもって任じていたらしく、水漏れが水道修理 住吉区から帰って来て、なほ四五ヶ月胃腸病院に入院して病後を養っていた時に、見舞に来て、詰まりの所に行くのもいいが、台所なんていうのが五人囃子のように列んでいるのでいやになるという意味のことを、『星』か何かの六活字に書いたことがある。